交通事故犯罪に関する法改正の主な経緯
1 平成13年以前~業務上過失致死傷罪
(1)業務上過失致死傷罪
平成13年以前、交通事故の加害者が人を死傷させた場合、加害者には、業務上過失致死傷罪(刑法211条)が成立しました。
業務上過失致死傷罪は、現在でも存在し、その法定刑の最高は、懲役5年です。
(2)法改正への世論
しかし、(1)平成11年に起きた東名高速飲酒運転事故(飲酒運転のトラックが、乗用車に追突し、乗用車が炎上し、後部座席に乗っていた幼い姉妹が死亡した事故)や、(2)平成12年に起きた小池大橋飲酒運転事故(無免許・無車検で、飲酒運転の車が、検問を振り切って逃走し、歩道を歩行していた大学生2人をはねて死亡させた事故)などをきっかけに、このような場合でも、業務上過失致死罪でしか処罰できないのはおかしいとの国民の声が大きくなりました。
2 平成13年改正~危険運転致死傷罪の新設
(1)危険運転致死傷罪
そこで、危険運転致死傷罪(旧刑法208条の2)が新設され、平成13年12月から施行されました。
この点、危険運転致死傷罪が成立する場合は、(1)「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた」場合(飲酒や薬物による運転の場合)、(2)「その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた」場合(著しいスピート違反や無免許運転の場合)、(3)「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた」場合(割り込みや幅寄せなどの妨害運転の場合)、(4)「赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた」場合(信号無視の場合)でした。
そして、危険運転致死傷罪の法定刑の最高は、人を負傷させた場合、懲役15年、人を死亡させた場合、懲役20年です。
よって、交通事故の加害者が人を死傷させた場合、加害者には、業務上過失致死傷罪又は危険運転致死傷罪が成立することになりました。
(2)法改正への世論
しかし、危険運転致死傷罪は、例えば、単なる飲酒運転だけでは成立せず、「正常な運転が困難な状態」である必要があるなど、成立要件が厳しく、悪質な事案でも、業務上過失致死傷罪で処理されることが多い状況でした。
また、飲酒運転者が、逃走(ひき逃げ)した場合、捜査機関が、交通事故時の加害者の酩酊状況を立証することができず、やむを得ず、業務上過失致死傷罪で処理せざるを得ない事件が見られるようになり、逃げ得の状況も生まれました。
3 平成19年改正~自動車運転過失致死傷罪の新設
そこで、交通事故の加害者に対して、事実上、業務上過失致死傷罪に代わって適用される犯罪として、自動車運転過失致死傷罪(旧刑法211条2項)が新設され、平成19年6月から施行されました。
自動車運転過失致死傷罪の法定刑の最高は、懲役7年です。
よって、交通事故の加害者が人を死傷させた場合、加害者には、事実上、自動車運転過失致死傷罪又は危険運転致死傷罪が成立することになりました。
4 平成25年改正~自動車運転処罰法の制定(危険運転致死傷罪の適用範囲の拡大、自動車運転過失致死傷罪が過失運転致死傷罪に、等)
さらに、自動車運転処罰法(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律)が、平成25年に制定され、平成26年5月から施行されました。
刑法に規定されていた、危険運転致死傷罪(旧刑法208条の2)は、自動車運転処罰法に移管されて、さらに、適用範囲が拡大されました(自動車運転処罰法2条等)。
また、同じく、刑法に規定されていた、自動車運転過失致死傷罪(旧刑法211条2項)は、自動車運転処罰法に移管されて、過失運転致死傷罪(自動車運転処罰法5条)になりました。
よって、交通事故の加害者が人を死傷させた場合、加害者には、事実上、過失運転致死傷罪又は危険運転致死傷罪が成立することになりました。
また、飲酒運転者が、逃走(ひき逃げ)した場合等の、逃げ得を許さないために、過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱(自動車運転処罰法4条)が新設されました。
5 参照条文
○自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転処罰法)2条(危険運転致死傷)
「次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
一 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
三 その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
五 車の通行を妨害する目的で、走行中の車(重大な交通の危険が生じることとなる速度で走行中のものに限る。)の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為
六 高速自動車国道(高速自動車国道法(昭和三十二年法律第七十九号)第四条第一項に規定する道路をいう。)又は自動車専用道路(道路法(昭和二十七年法律第百八十号)第四十八条の四に規定する自動車専用道路をいう。)において、自動車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより、走行中の自動車に停止又は徐行(自動車が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。)をさせる行為
七 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
八 通行禁止道路(道路標識若しくは道路標示により、又はその他法令の規定により自動車の通行が禁止されている道路又はその部分であって、これを通行することが人又は車に交通の危険を生じさせるものとして政令で定めるものをいう。)を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」
○自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転処罰法)3条
「アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた者は十二年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は十五年以下の懲役に処する。
2 自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。」
○自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転処罰法)4条(過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱)
「アルコール又は薬物の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転した者が、運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合において、その運転の時のアルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で、更にアルコール又は薬物を摂取すること、その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を減少させることその他その影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為をしたときは、十二年以下の懲役に処する。」
○自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転処罰法)5条(過失運転致死傷)
「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。」
○自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転処罰法)6条(無免許運転による加重)
「第二条(第三号を除く。)の罪を犯した者(人を負傷させた者に限る。)が、その罪を犯した時に無免許運転をしたものであるときは、六月以上の有期懲役に処する。
2 第三条の罪を犯した者が、その罪を犯した時に無免許運転をしたものであるときは、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は六月以上の有期懲役に処する。
3 第四条の罪を犯した者が、その罪を犯した時に無免許運転をしたものであるときは、十五年以下の懲役に処する。
4 前条の罪を犯した者が、その罪を犯した時に無免許運転をしたものであるときは、十年以下の懲役に処する。」